葛飾 北斎 深川万年橋下
メコン河
メコン河(ラオス ルアンプラバーン:2015-06)

歌川広重 湯島天神社
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越辺川(全行程:6日間と158,455歩、57時間51分)


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越辺川 一日目(黒山~顔振峠源流~黒山~黒山三滝~上大満)
(2015.05.28)
越辺川 二日目目(上大満~弘法山~大高取山~東武線越生駅)
(2015.06.10)
越辺川  三日目(越生駅~今宿)
(2015.06.24)
越辺川 四日目(鳩山町今宿~東武東上線高坂駅)
(2015.06.29)
越辺川  五日目(東武東上線高坂駅~川島町(中山)
(2015.07.10)
越辺川 六日目(最終日)(上井草~入間川合流点)
(2015.07.21)

越辺川(おっぺがわ):埼玉県入間郡越生町黒山地区の黒山三滝付近に源を発する。源頭は関八州見晴台である。流域には黒山鉱泉がある。ここより埼玉県道61号越生長沢線に沿い越生梅林を抜け、比企郡鳩山町で鳩川を合わせる。東へ流れ、坂戸市で高麗川を、比企郡川島町で都幾川をそれぞれ合わせ、埼玉県道12号釘無橋を越えた川島町角泉付近で入間川に合流する。元々は国道254号落合橋の辺りで入間川に合流していたが後年の治水工事で今の流れに変わった。(wikipediaより)

越辺川(おっぺがわ)の語源は・・・


黒山三滝の位置
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今回から、越辺川を歩く。
「越辺川(おっぺがわ)は越生町黒山から発し、鳩山町からの鳩川及びときがわ町からの都幾川(ときがわ)を併せ川島町で飯能市からの入間川に流入する延長34kmの河川である」とされている。
越辺川の名は「越生辺りからの川」という説と、アイヌ語説(オトウンペ=下流が沼となる川)があるようだが関東の先住民がアイヌの人だったというのは無理があるのではと思うが・・・・ 越辺川の初日は、東武東上線の越生駅から源流を訪ねる。

今回の楽しみと心配事は、

詳細な歩行地図はこちら
歩数記録はこちら

越生駅から、乗客一人のバスで越辺川起点へ・・・

越生(おごせ)駅法恩寺黒山行のバス

越生(おごせ)駅

久し振りの東武東上線に乗って、時刻通り越生駅に着いたのが 7:52。乗車予定の黒山行のバスは、8:20で大分時間があるので駅周辺をブラリとすることにした。
駅からの正面の道を進むと、駅前にあるだけあって立派な鐘突き堂のある法恩寺があった。ここには漁業の守り神で商売繁盛の神様恵比寿が祀られているらしい。
ユックリと境内を見させてもらって越生駅に戻るとバスが既に来て止まっていた。

黒山バス停下清水橋越辺川起点碑

バスの乗客はひとり、黒山バス停で降車

乗客は、私一人!! 申し訳ない思い。予定時刻に黒山バス停に到着、礼を言って降車する。
東上閣(とうじょうかく)の前に下清水橋が架かり、橋袂に「一級河川越辺川起点」碑が立っていた。

源流のある顏振峠を目指す

顏振峠を目指して渋沢平九郎自決の碑から先は、川筋を歩く

顏振峠(かおぶりとうげ)と渋沢平九郎

日が陰っていて心地良い、遊歩道を顏振川沿いに顏振峠(かおぶりとうげ)を目指す。
遊歩道が途切れ、渋沢平九郎自決之碑の先から、幹線道路でなく川筋の道を行く。


渋沢平九郎(しぶさわ へいくろう):渋沢栄一の妻千代の弟、尾高平九郎。弘化4年(1847)生まれ。渋沢栄一がパリ万博親善使節の一員として渡欧する際、平九郎を「見立て養子」とした。身に万一のことがあった場合は、自分の生家を継いで欲しいという願いからである。  明治元年、鳥羽、伏見の戦の後、彰義隊に加盟。彰義隊の中心はやがて天野八郎に移り、振武軍を起した。飯能で官軍と戦ったが5月22日振武軍は敗北し、翌23日に平九郎は一人に故郷に向う途中、顔振峠を黒山に下った所で官軍に遭い、遂に切腹して果てた。栄一は明治32年6月25日と45年4月14日の二回黒山に平九郎の跡を弔い、大正7年5月には谷中の渋沢家墓地内に追懐碑を建てた。昭和29年3月には黒山に「自決之地」(渋沢敬三書)が建てられた。(渋沢栄一記念財団URLより抜粋、こちら。
糸蜻蛉、杜若(かきつばた)、ジキタリス

初夏そのもの・・・

川沿いの道を行くと今年初めての糸蜻蛉!
そして、杜若(かきつばた)!
その先の道端には、毅然と咲いているピンクのジキタリスに目を癒される!

顏振川顏振峠への分岐道祖神

道祖神を右に、顔振峠を目指す

幹線道路に合流後、更に顏振川沿いに遡ると程無く、顏振峠への分岐が見えてきた。
左の林道笹郷線起点標の建つ横の岩に刻まれた「道祖神」碑を右に顏振峠を目指す。

標識を過ぎると急な杉林の登り道、右は砂防ダム

水の無い岡房入(おかぼうのいり)沢

山道に入ると「顏振峠 1.6km 黒山バス停0.7km」標柱が立つ杉林の登りになる。
右手の岡房入(おかぼうのいり)沢には、殆ど水は流れていない。砂防ダムを過ぎると急な山道になる。

顏振峠1.3km モミジ苺シダの繁る道
金杉峠への分岐手書きの標識

いくつもの手書きの道標に従って・・・

暫く行くと「顏振峠1.3km 」の道標先に手書きの「右は廃道、左は顏振峠」の表示が出ていた。
左の道を行くと、道端にモミジ苺の実が沢山実っていた。ビタミンCを補給して先を急ぐ!
両側をシダの繁る道を登る!
金杉峠への分岐が出て来た!手書きの道標に従って左に顏振峠に向う!何で手書きなのか?
こんな山奥の山道に石垣が出て来た。急な九十九折の道を登る。
正面にまた手書きの道標がある。本来の顏振峠への尾根道は閉鎖とのこと。右へ沢筋の迂回路を行くことになった!
大分大回りになるが仕方がない!

小紫陽花を愛でながら山道を登る

小紫陽花

林間の道沿いに、小紫陽花の白い花が小さな綿帽子のように咲いている。紫蘇に似た葉の上にひっそりと控え目に咲く清楚でしかも粋な花だ。
又、急な登りになり、昇りきると緩やかに右へ横に伸びる道を行く。

山小屋と平九郎茶屋顏振峠の碑
少し靄(もや)っているが、奥武蔵の山々

顏振峠に到着

周りが心なしか明るくなってきたような気がして前方を見ると小屋が出現した。旧顏振峠だ!
閉まっている小屋を抜けて奥武蔵グリーンラインに降りたところに平九郎茶屋があり、「顏振峠の碑」が立っていた。顔振峠に到着した!
峠にある案内板によると源義経が京落ちで奥州へ逃れる際、あまりの絶景に何度も振り返ったため、又、その際のお供の武蔵坊弁慶があまりの急坂に顔を振りながら登った等が名前の由来になったと説明されていた。
地元の住人は、顔振(こおぶり)や(こうぶり)、(かあぶり)と呼ぶ人が多いらしい。
峠には平九郎茶屋、顔振茶屋、富士見茶屋の三軒の茶店がある。少し靄っていて、眺望は今一つだが奥武蔵の山々が見渡せた。

茶屋の裏を登ると展望台だが・・・

越生の町も見えない

茶屋の裏に廻り込んで、東への登り口を登ると顔振峠展望台がある。 「雨乞い塚」の表示があり、標高は意外に低く、574mだ!
ここからは東・北・西と展望が開けていて越生方面の山々と街、晴れた日には新宿の高層ビル等が見渡せるらしいが越生の街も良く見えなかった。

顔振峠を下り、越辺川源流のある諏訪神社へ・・

奥武蔵グリーンラインを南に下る
摩利支天尊を祀る神社とそこからの眺め

摩利支天尊

奥武蔵グリーンラインを阿寺諏訪神社に向い南に下る。ふと右下を見ると木々の間から二層の社殿の様な建物が見えた。ネットに載っていた寿光殿だ!
計画には無かったが下に降りる路があったので滑り落ちない様に気を付けて下ると、二層の社殿に栄楽門と狛犬の摩利支天尊を祀る神社だった。
此処からは、明るい日向の斜面に峠の下の風影集落の長閑なの光景が広がっていた。

熊目撃の標識に鈴を鳴らしながら降りる

熊除け鈴を鳴らしながら・・

奥武蔵グリーンラインに戻り、舗装された平坦な林道を下ると一つ目のカーブ手前に諏訪神社入口の標識が立っていた。標識の下を見ると「熊注意!目撃情報あり!」。ゲ ゲ!
慌てて以前に買った熊除けの鈴を腰に着ける。結構大きな音だ、何となく安心する。
標識に従って諏訪神社への山道に入った。鈴を鳴らしながら整備された緩やかなハイキングコースを10分程歩き諏訪神社へ。

小平神明宮の参道脇、社殿と参道正面の石鳥居
山道から境内へ諏訪神社の鳥居と拝殿

呵寺諏訪神社

周囲が清々しい空気の領域へ変わり、山道から諏訪神社の境内左手に入った。
呵寺諏訪神社の入口は、南に面している昔の石鳥居柱を再使用したと思われる社号標と石段途中に靖国石鳥居が建ち、石段を上った境内正面に外削ぎ千木と五本の鰹木のチョコレート色のトタン葺切妻平入神明造の拝殿と瑞垣内に外削ぎ千木と五本の鰹木を備えた銅板葺高床神明造の本殿が鎮座していた。
諏訪神社は、「もともと越上山(おがみやま)の山頂に鎮座していたそうだ。この周辺は中世に国衙領・吾那保となっていて、森林資源を開拓するために京都から来た貴人が、越上山に諏訪大神を祀ったのが始まりらしく、このため越上山を別名・古諏訪山(ふるすわやま)ともいう。」とネットには出ていた。縁起によると祭神は、 健御名方命、大山祇神、大屋毘古命、大巳貴神、天照大御神と記されていた。

源流の標識を探して、やっと見つけた

やっと見つけた越辺川源流の標識

ネットには、「諏訪神社の石段下にある土蔵の横に手づくりの道標があり、「越辺川源流を経て黒山に到る、滝がたくさんあります」と書かれている」と載っていた。
そこで、鳥居周辺と手前の広場を探し廻ったが標識は見当たらなかった。どうなっているのか、ネットに載っているのはあてにならないかも?・・・・・

ようやく、神輿庫の裏の杉の木に黄色の幅平のテープと傍にピンクのリボンを見付けた。 黄色のテープに「越辺川源流点 黒山近道 谷下る テープ有」とマジックインクで書かれていた。 やっと見付けた!!

苦労してやっと見つけた源流だが、熊が怖く早々に下ることに・・・

道が無い先にリボンが・・・

ピンクのリボンだけを頼りに下る

ネット(2008年)では「急斜面で足元がおぼつかないところもあるが、慎重に歩を進めれば大丈夫」と出ていたが、道標どころか道も見えない。
意を決して足を踏み込むと前方にピンクのリボンが見える。「足元がおぼつかない」どころか傾斜がきつく険しく、足元も良く見えないシダの海をピンクのリボンを頼りに下る。
沢に下りて行くようで急な下りが続いている。

沢に降り、倒木を越えてやっと道へ
沢の水に沿って下ると木札がある

ネットの情報は参考にならないとぼやきながら・・

沢に降りたり、高巻きしたりと、道標なんか何処にもない。この道は殆ど誰も歩いていないのでは?
ネットに載っていたコースタイムなんて全く参考にならない!全く、私が最新のコースタイムかもと、倒木にも悩まされながらやっと踏み跡のハッキリした道に出た!

源流点が近い木札を発見

沢筋に出ると水が細々と流れている。水の流れに沿って下る。
下る足元に、無造作に二つの木札が並べられている。右には「←源流 黄色いテープに龍ヶ淵右の谷」、左の白木は「諏訪神社~顔振峠」となっている。此処が諏訪越沢と源流点のある越辺沢の合流点だ!
左から合流する越辺沢を登った先が源流点との道標の板だ。そちらは越上山ではなく顔振峠方面だ。いよいよ、源流点が近づいてきた!

熊の恐怖と闘いながら沢を登る
黄色のテープ源流点の標識水が滲み出ている

源流点!!!

諏訪神社から降りてきた諏訪越沢から源流点に向いた越辺沢に入る。直ぐに直進できずに回り込み、やっと沢筋に出て沢沿いをのぼる。何度となく熊の恐怖に引き戻そうと逡巡しながらも、源流を目指す!

中々到達できず、ぼちぼち限界かと思い始めた頃、前方の木々の一つに巻かれた黄色のテープが見えた。
黒マジックで「越辺川源流点」と書かれている。
やっと着いた!! この先は顔振峠に行くようだ。木の根元の抉れた処から水が滲み出ていた。此処が源流点だ!
やっとたどり着いた源流点だが、熊が怖いので早々に下ることにした。

越辺川源流から下り始める

沢に沿って、シダを踏むわけ降りると標識がある
この先は進めない、断念赤いリボンを頼りに下る

滝の標識はあるが、滝は見えず、滝へ行くのは断念

第一の目的「源流点」をクリアして沢の合流点に戻り、黒山へ沢筋を下り、傾斜地に繁るシダを踏み分けて下ると急な傾斜地の岩元に「滝に下りる→滑落落石注意」の標識が出て来た!
岩から下を覗きこむと滝は見えないが、岩向うの滝の上と思われる辺りに石板碑が見えた。そこに行く道は見当たらない。(帰ってから調べると昭和6年に建立され、龍ノ淵を詠った歌が一首刻まれているらしい。どうやって設置したんだろうか?)
滝を見ようと岩に沿って下るがすぐ先で崩落していて進めない。危うく落ちそうになり断念!
本当に、ロープにでも掴まらなければ降りることは出来ない。下も全く見えない。 此の道は、無理!
(帰ってからネットで調べると、此の滝に降りるのが正規の下りコースだったようだ。岩登りをするところもあって、きつくこのコースを下りに取るのは薦められないと載っていた。此の滝は、「岩屋の滝」と云うらしい。)

この先、傾斜地を赤に変わったリボンを頼りに下る。何時しか落葉の積もった踏み跡も定かでない下りになった。

雑木や蔓につかまり下る対岸にピンクのリボン!

迷子になった?  写真を撮る余裕もなく・・・

リボンを頼りに下るが何ヶ所か崩落している所もあり、そのうちに途中でケモノ道となってしまった。
気が付くと何処にもピンクも赤もリボンは見えない!
足場も悪く、写真どころではない。
山中で迷子になってしまったようだ!?

神経を集中させながら落葉の積もった傾斜地を雑木に、藤蔓にしがみ付きながら少しづつ下りて行く。高みの斜面で苦労し強引に沢に降りたが、かなりてこずった。
暫く落葉で滑り落ちそうな傾斜地を不安に駆りたてられながら下ると10m程下に沢が見えた。何とか沢筋に滑り下りた。対岸にピンクのリボンが見える! リボンの下に踏み固められた道見えたときにはさすがにホッとした。ヤット本来の道に戻れた!
帰ってから調べるとこの越辺川源流部は、「越上沢」と呼ばれ、沢登り初心者を連れて行くのによいコースとして知られているのだそうだ。少し、老人としては甘く考えすぎたようだ。

道祖神対岸に渡ると舗装道路が

笹郷林道へ出た!!

踏み固められた右岸の道を下ると乞食岩の下に梵字で書かれた「道祖神」が立てられていた。
道祖神脇を回り込み越上沢を左岸に渡り、岸上に上がると前方に舗装道路が見えた。

笹郷林道で山道よサヨナラ

笹郷林道だ!
此処で越上沢は笹郷川と合流して顏振川となる。
直ぐ傍に、笹郷林道開設記念之碑が建っていた。山道よサヨウナラだ!

遅い昼食後、舗装道路を下り黒山三滝へ向かう

遅い昼食をここで顏振川の流れに沿い下る

昼食時に、源流点での心細さと恐怖が甦る

朝方、顏振峠への山道に向う分岐にあった道祖神を過ぎた道脇に、太い角柱のベンチがあった。一寸遅い昼食を摂る。行きかう人も無く、車も殆ど通らない。

源流点からのキツイ下り、テープを見失った時は、本当に心細かった! それと熊への恐怖もあり、良く耐えて源流点まで辿り着けたもんだ。 顏振川の清らかに澄んだ流れを見ながら下り、小さな欄干の無い橋を通過する。朝方に上って来た川沿いではなく、その上の舗装道を下る!

下清水橋黒山三滝へ黒山鉱泉は廃業
瀧澤橋を左岸に渡る廃墟寸前の大善寺

黒山バス停に戻り、黒山三滝へ向かう

川歩きのスタート地点、黒山バス停近くの三滝川が顏振川に合流する下清水橋に戻って来た。これより、黒山三滝を目指す。
地図にも載っている黒山鉱泉館迄来たが、「昨年8月に廃業」の張り紙が貼られていた。

三滝川に架かる瀧澤橋を左岸に渡ると、左岸にる廃墟寸前のお寺「大善寺」がある。崩れかけた小屋横の河原に仏像や石祠が並んでいた。

天狗滝の道標滝壺付近

天狗滝の滝壺は迫力がある

黒山三滝入口ゲートから約1kmのところで左側に天狗滝の道標が現れた。
道標に従い崖に刻まれた石段を上り奥に進むと、苔むした岩に囲まれて滝の音だけが響く。
天狗滝の下から半分以上を岩で隠された滝前に出る。
滝壺の手前に、「こより先は危険です入らないで下さい」の立札が立っていた。何故?
雨が少ないせいか水量は少ないので自己責任でと、滑る岩に注意しながら頑張って直下まで行く。滝壺は、あまりに閉ざされた空間で、恐ろしいほどひんやりしている。岩と岩の間に流れ落ちる見えずらい滝だが落差もあり赤い岩肌が目立つ凄い景観で迫力満点だ!

遊歩道の階段を上り四阿の先に不動橋

近道をして女滝、男滝へ向かう

少しでも労力を掛けまいとネットに載っていた近道、天狗滝の脇にある遊歩道の階段を登る。少し上ると、四阿が立っていて傘杉峠へ向かう道に繋がっている。四阿から右に下ると三滝川に架かる不動橋に出た。
不動橋左岸は天狗滝からの三滝川に沿った道で、此処を左に曲り女滝と男滝に向う!
遊歩道先の石段を上がり、ちょっと通りづらい感じに二軒の土産屋が並ぶ軒下を通り抜ける。店番は、夫々何と無く素朴なお爺さんとお婆さんだった。帰りに、お爺さんの「300円小梅」を買った!
正面右に、男滝と女滝がでてきた。

落差5mの女滝落差10mの男滝観世音菩薩の石柱

女滝、男滝と天狗滝で黒山三滝

朱色の太鼓橋、夫婦橋先に落差5mの女滝が流れ落ちている。橋の袂から女滝の滝壺まで下ることができる。
其の直ぐ上に落差10mの男滝が流れ落ちている。先程の天狗滝と合わせて「黒山三滝」だ。男滝へは説明看板の近くにある石段を登って行くと近づける。

石段右上の祠には、小さな仏像と並んで不動明王石像が祀られていた。その上に「南無観世音菩薩」石柱が立っていた。室町時代に霊場・修験者の修行の場として開かれたと伝えられ、信仰を集めているらしい。

もう一度黒山バス停に戻り、県道61号線を下る

黒山熊野神社の杉、石段と拝殿

黒山熊野神社

黒山バス停に戻る。
黒山熊野神社は、杉の大木に囲まれた小高い杜の中に鎮座していた。
二本の大きく立派な杉の木の間を上る石段途中に、社号標と明神石鳥居が建っている。境内に内削ぎ千木と五本の鰹木銅板葺の優雅な傾斜の流造り一体社殿が鎮座していた。

熊野神社前の越辺川、北ケ谷戸橋を左岸に渡る

バス時刻に間があるので、川下りを続けることにした

熊野神社前の越辺川は綺麗に澄んでゆったりと流れている。バスの時間(15:16)には、大分間があるので川歩きを続けることにした。
北ケ谷戸橋を左岸に渡る。下流側は、沢山の岩の間を清流が流れていた。

堰がふたつある石戸橋を右岸へまたも堰
石戸橋先にはバス停がない・・・足早にバス停へ

堰が沢山ある・・・

何のためだろうか?  堰が二つ続く。
石戸橋を今度は右岸に渡る。
石戸橋下流にも堰がある。
豪雨の際の土石を止めるのか?

上大満(かみだいま)でバスに乗車

石戸橋バス停を過ぎると、なかなかバス停が出てこない!
周辺に民家は無く、納得するがバスが来るまでにバス停に到着できるか?
不安になり、自然と足早になる。
14:30上大満バス停到着。バスは14:38!間に合った。

越生駅で本日の川歩きはゴール

東武線に御乗換えの方は簡易改札機に必ずタッチ八高線の車両

東武線とJR八高線のスイカの使い方

越生駅は、JR東日本の八高線と当駅を終点とする東武鉄道越生線乗り入れ、接続駅となっている。JR東日本の管轄駅だが、駅管轄を行うJRより東武鉄道の方が列車本数、利用者共に多いらしい。
駅のJR専用改札口をSuicaで入場した跨線橋の階段に「東武線に御乗換えの方は階段うえのしてください」と表示されていた。跨線橋上に設置された此の簡易ICカード改札機にタッチしないと実際の乗車経路とは異なった運賃が差し引かれるらしい。
東武線のホームに降りると、JR側のホームには八高線の車両が停車していた。
越生駅から東武線で池袋、新宿に出て、16:58帰宅。

越辺川第一日目(顔振峠源流)29,926歩と12時間3分。

約3万歩の一日。遭難しそうにもなり疲れた。翌日から二日間程、両足に痛みが残った。

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